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他者との比較は意味ない

自分でない「誰か」が基準になっている

人は、他者と自分を比較してしまう生き物です。

「他の人より優れているか・劣っているか」

「他の人よりお金持ちか・貧しいか」など。

しかし、これらの”比較の呪縛”から逃れて、ありのままの自分、本当の自己(考え・感情)を知ることで、違った世界が見えてくるのも事実です。

簡単な例でいうと、全体と比べて偏差値などで自分をはかる「相対評価」ではなく、個人をはかる「絶対評価」にするといいでしょう。

実にシンプルなことに思えますが、これを実際にやろうとすると難しいものです。

なぜか・・・

それは、私たちはもともと”人と自分を比べるようにできている”からです。

自分が損をすると他者が憎くなる

群集心理学の研究で知られるウィルフレッド・トロッターによると、古来、集団心理は「兄弟の間」で生まれるとしています。

子どもが複数いる場合、両親はどの子どもにも同じように愛情を注ぐ。

すると子どもたちは「弟と同じように僕もお母さん、お父さんに愛されている」と思うように仕向けられ、”兄弟という心理”が生まれます。

ところがお兄ちゃんは、どうも生まれたばかりの弟が可愛がられていて、自分には同じような愛情が注がれていないと感じてしまう。

これが「嫉妬」の始まりです。

学校でも、「先生はクラス全員を同じように好きだ」というのが、”クラスという集団”の建前ですが、「先生は勉強ができる○○ちゃんばかりひいきする」という不満が起こったことはないでしょうか?

これも、本来は同じように扱われるべき同じ集団のメンバーなのに「ひいきされる”あの子”が憎くなる」のです。

厄介なのは、先生に公平さを自覚してもらい、「同じように扱ってほしい」とクラスが一致団結するかというと、そうはならないのです。

「自分たちがひいきされていないのだから、あの子もひいきされるべきではない」

集団とはこう考えるのです。

誰か1人がパンをもらっていたら、みんながパンをもらえるように考えるのではなく、”全員がパンをもらえないようにする”のが公平だと思うのです。

これが良い方向にいけば平等な共同精神となるが、根っこには「みんなと同じでないと不公平」という、相手を引きずり下ろすような嫉妬心がうずまいていると、トロッターは分析しました。

人と比べても、答えはでない

この残酷な人の習性を、会社という集団に当てはめてみると、

「Aさんばかり大きなクライアントを任されていてずるい。私は小さなクライアントばかりなのだから、Aさんも同じようにするべきだ」

こう思ったBさんがいたとしても、現実としてその”公平さ”は果たされない。

なぜなら、AさんとBさんは違う個性と能力を持つ人間です。また個性や能力以外にも担当を決める要因はありますし、仮に全員が同じようなクライアントを担当したら、仕事になりません。

同期でも同じ部署でも同じくらいの能力でも、評価はまた別のものなのです。

成果を出した人と自分を比べても意味がありません。

学歴、頭の良さ、ルックスを比べ「あの人は要領がいいのか、運か、ずるいことをしているのか」と考えても答えはでません。

なぜなら、あなたとその人は違う人だからです。

自分が成功したいのなら人と比べるのをやめて、本当の自己を知り、力をつけるしかないのです。

人と比べているだけでは、何も始まりません。

弱さを認めることが第一歩目

この世界は広い。あなたがどれだけ優れていても、もしかしたら世の中にはもっと優れている人がいるかもしれません。

だからこそ、誰とも比べる必要はありません。

あなたはあなたです。あなただけの強みがある。

人と比べてしまうことは、私たちが生まれながら持つ「弱さ」です。

「人と比べてしまう自分」という弱さを認めることが、人と比べなくなる第一歩目ではないでしょうか。

「比べている」と気づいたら、いったん「やはり他社と比べてしまうんだな」と自分の弱さを認め、受け入れましょう。

そのうえで、「人と比べても自分を知ることはできない」と自分に言い聞かし、”過去の自分”と”今の自分”を比べてみましょう。

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